Research
腹膜播種の新たな治療法開発へ:体内動態研究で腹腔内投与の可能性に迫る
●お薬が腹膜播種に届いていない?
腹膜播種は、大腸がんや胃がん、また最も治療が難しいがんの一つである膵がんがお腹の中(腹腔内)に転移した状態です。女性では卵巣がんが進行によっても腹膜播種が生じます。腹膜播種の主な治療法は化学療法ですが、残念ながら平均生存期間は長くはありません。いまだに治療が難しい病態であり、腹膜播種に対する新しい治療法の開発が望まれています。
近年、免疫チェックポイント阻害剤が開発され、がん免疫療法として注目されていますが、腹膜播種の患者さんでは期待ほど効果が得れていません。進行し転移したがんは薬剤に耐性化するなど治療が難しいことが分かっています。しかしそれだけが理由ではありません。我々は薬物動態研究を通じて、そもそもお薬が腹膜播種に届きにくいことを実験的に明らかにしてきました。点滴で血管内へ投与されたお薬は血流にのってがん組織に到達します。大腸がんの腹膜播種モデルマウスへ免疫チェックポイント阻害剤を血管内に投与したところ、ほとんど届いていないことを突き止めました(図2左側, 後述)。
●腹膜播種でお薬が届きにくい要因とは?
病態が進行に伴って、がん細胞を取り巻く環境(間質)でヒアルロン酸やコラーゲンなどの細胞外マトリックスが増加します。これら細胞外マトリックスが血管を押しつぶすことで血流が乏しくなります(図1)。お薬は血流にのってがん組織に届きますので、血流が乏しければ当然お薬は届きにくくなります。いかに優れたお薬であっても届かなければ効果は得られません。これが、様々なお薬の治療効果が腹膜播種で期待ほど得られない原因の一だと考えられます。

●投与経路を変えるとどうなる?腹腔内投与の可能性
お薬は経口を除くと、血管内や皮下や筋肉から注射で投与されます。お腹の中にお薬を投与する腹腔内投与があります。腹腔内投与することで、お腹の中から直接お薬が腹膜播種に届き効果が向上することが期待されています。我々は、腹膜播種モデルマウスに対して免疫チェックポイント阻害剤を腹腔内投与すると、静脈内投与と比較して劇的に移行量が向上することを見出しました(図2右側)。そして、治療効果も向上することを見出しました(Yamamoto M, et al. J Control Release, 352, 328-337, 2022)。薬物動態の観点からは、腹腔内投与は腹膜播種へお薬を送達する非常に有効な投与方法と言えます。

●腹腔内投与の応用に向けた腹腔内動態の解明へ
抗がん剤を腹腔内へ投与する「腹腔内化学療法」はお薬の腹膜播種へのお薬の送達に有用ではないかと考えられています。腹腔内化学療法の臨床試験は欧米を中心に進められており、血管から投与するよりも生存が延長するという報告がされています。一方で、生存の延長は得られなかったとする報告もあります。お腹の中にお薬を投与したら、そのお薬の腹膜播種へ届く量は増えるのでしょうか?実は、腹腔内の薬物動態に関する情報はほとんど報告されていません。我々は、先述した免疫チェックポイント阻害剤など分子量の大きい抗体医薬に加えて、抗がん剤のような低分子医薬についても腹腔内投与後の腹腔内動態解析を進めています。これらを通じて腹腔内投与後に腹膜播種へ届きやすいお薬の特徴を明らかとしていきたいと考えています。また、がん病態は個人差が大きいことが特徴です。腹膜播種でもがん性腹水が貯まる場合もあれば、貯まらない場合もあり、腹腔内の環境も異なると考えられます。腹腔内投与後の薬物動態に影響を及ぼす腹腔内環境の要因も明らかにしていきたいと考えています。このような体内動態研究を通じて、腹腔内投与の臨床応用の貢献に資する知見を報告していきたいと考えています。